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外資系経理マンのページ

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6 同僚

「松林です。よろしくお願いします」

 しかし、松林は柴に気付いていないように柴は感じた。きのうは、サングラスをかけていたりしたからか。

「あっ、あのう」
「なんだね」

 ふち無しの眼鏡に手をあてた平田が、柴をにらんだ。
「な、なんでもないです」

 柴は、経営企画部だから、あながち縁のない部署ではない。あとで、話をしようと思えばできる。

しかし、環境はあまりよろしくない。彼女の配属された経理課は、女ばかり3人のセクションで、課長は野辺山順子といい、社歴は社長よりも長いお局である。

 だから、だれも彼女に頭があがらない。社長でさえも、彼女には逆らえない。その一の子分が、久地川優里。もうひとりが、欠員になったため、松林が採用されたのだが、3か月ごとに人が入れ代わるため、野辺山と久地川のいじめで、定着しないんだろう、というのが男性社員の間でのもっぱらの評判だった。

 柴も、この二人には弱い。経営企画だから、様々なデータは、経理課からもらわなくてはならないのだが、いつまでに欲しいと言えば、期日を守ってだしてはくれるが、機嫌のわるい時だと、すぐに出るはずのデータも、何度も言ってはじめて出してくる。さすがに、部長、社長からの依頼は、即座に処理する。

 そんな野辺山の下につくわけだから、いくら隣接部署とはいえ、松林と話をしていたりすれば、なにが起きるかわからない。松林の前任は、リフレッシュコーナーにあるコーヒーを、お昼みではないときに飲みながら、他部署の男性社員と話をしていたのを「遊んでいた」となじられ、たえられなくなって、やめた。別に遊んでいたわけではなく、経費精算の処理について説明していただけなのだが、野辺山には、そうは見えなかったらしい。要は、部下が男社員と話すのが、たまらなく嫌らしい。

 ただ、思い掛けなく話す機会が、夕方おとずれた。柴が会社の入っているビルを出ようとすると、松林が入り口で立って待っていた。

「柴さん、一緒に帰りませんか?」
「いいけど…。」

 なにから話せばいいんだろうか?昨日の宝くじのことか?

「わたし、柴さん初めて会ったような気がしないんですよ。」
「そりゃそうでしょ。きのう宝くじ売場で会ったわけだし。」

柴の何気ない一言も、すでに計算ずくであったかのように松林は続けた。

「そうじゃなくて、その前に夢のなかで柴さんにそっくりな人に会ったんですよ。」

なんだ。きのうの俺であることは見抜いていたのか。

「どういうこと?」
「なんだか変なんですけど、きのうあそこで宝くじ買いなさいって」

そのとき、柴は、近くのコンビニで夜食を買ってビルに入ってくる野辺山とすれちがったことに気づかなかった。


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